龍とゐて栄螺の肝の苦さなど 一考
- 歌澄

- 3月17日
- 読了時間: 2分
第二句集『黄檗山』より。昭和57年。
当時の「人」誌に「堺市内吟行」とあり、この句のひとつ前には
龍天に昇るときかな坐禅堂
という句がある。
堺市の南宗寺は臨済宗の寺院で、境内には禅堂があり、仏殿の天井には八方睨みの龍が描かれている。
私は訪れたことはないが、徳川家康の墓があると伝えられていたり、古田織部作といわれる枯山水が名勝に指定されていたりと、堂々たる威容と緊張感を具えた佇まいが彷彿とする。
掲句の「龍」は、その八方睨みの龍だろう。狩野信政による江戸初期のもの。
その龍が睨みをきかせた空間に身を置いたのち、栄螺を味わう機会があった。
肝の苦みがことさら味覚に訴えたのは、龍の所為に違いない。
天井画の龍の迫力のほどが思いやられる。
この句、作者本人も気に入っていて、代表句のひとつに数えられるのだが、
説明するとなるとなかなか難しい。
というか、「龍の眼力がすごくて栄螺の肝が苦く感じられたのね」くらいの感想しか持てなかった。
私事になるが、最近漢方や薬膳に興味があってちょっと本など読んだ。
生薬のひとつにリンドウがある。消化機能の改善や食欲増進、また患部の熱感をとる作用が期待されている。
このリンドウ、漢字では「竜胆」と表記する。
とても苦みが強く、「熊の胆」よりも苦いので「竜の胆」という名がつけられたらしい。
その事を知って、突然掲句が腑に落ちた。
一考さんがそれを思って詠んだかは、いまとなっては判らないが、
これが把握というものだと思った。

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