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俳句グループ三日月
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点滴夢菫の匂ひかとおもふ 一考
句集『貌鳥』より。平成元年。 この年の「人」5月号によれば、 二月一日急性虫垂炎で入院手術。腸閉塞に移行しその後高血圧症。三月二十一日退院。 とのこと。主宰作品の後半は病院での句が並んでいる。 執刀の寒月光を隔てけり アネモネや溲瓶にぎにぎしく鳴りぬ バレンタインデー食(は)み合ひ縺る車椅子 春曙いのちのいろに適ふべし 初蛙浣腸哄ふこと勿れ 入院中でも観察眼を光らせて句を詠んでいるが、掲句はその中で幻想的というか、まどろみの中、感覚的に把えられた感があった。 うつらうつらしていたら菫の匂いがした。目を開けると点滴の最中で、雫が規則正しく時を刻んでいる。病院という清潔で特殊な環境が、春の明るさと相俟って作者にそんな錯覚を起こさせたのだと思った。「点滴夢」は作者の造語かもしれないが、そんな空気をとてもよく描き出している。 本日のこと。 父が体調を崩して点滴を受けることとなり、私が付き添った。 3時間もかかった。その間父はまどろんでいた。 輸液は500ml。うっすら紫がかった液体だった。 それを見た瞬間に掲句を思い出した。 「菫の匂ひかとおもふ」には、

歌澄
4月25日読了時間: 2分
龍とゐて栄螺の肝の苦さなど 一考
第二句集『黄檗山』より。昭和57年。 当時の「人」誌に「堺市内吟行」とあり、この句のひとつ前には 龍天に昇るときかな坐禅堂 という句がある。 堺市の南宗寺は臨済宗の寺院で、境内には禅堂があり、仏殿の天井には八方睨みの龍が描かれている。 私は訪れたことはないが、徳川家康の墓があると伝えられていたり、古田織部作といわれる枯山水が名勝に指定されていたりと、堂々たる威容と緊張感を具えた佇まいが彷彿とする。 掲句の「龍」は、その八方睨みの龍だろう。狩野信政による江戸初期のもの。 その龍が睨みをきかせた空間に身を置いたのち、栄螺を味わう機会があった。 肝の苦みがことさら味覚に訴えたのは、龍の所為に違いない。 天井画の龍の迫力のほどが思いやられる。 この句、作者本人も気に入っていて、代表句のひとつに数えられるのだが、 説明するとなるとなかなか難しい。 というか、「龍の眼力がすごくて栄螺の肝が苦く感じられたのね」くらいの感想しか持てなかった。 私事になるが、最近漢方や薬膳に興味があってちょっと本など読んだ。 生薬のひとつにリンドウがある。 消化機能の改善や食欲増

歌澄
3月17日読了時間: 2分
太箸のその選びたるものを食ふ
『真紅の椅子』より 平成八年。 太箸は新年の膳に用いられる白木の太い箸。角川文庫の『俳句歳時記・新年の部』(昭和六十二年)によると、「なぜ太いかといえば、足利七代将軍義勝が、元朝に用いた箸が折れ、その年の秋に落馬してわずか十歳で死んだので、新年の箸は折れないように太くしたのがはじまりだという」とのこと。素材は折れにくい柳や檜などを用いる。両端は細く、中心部に膨らみがあるのは「孕み箸」にも通じ、子孫繁栄を祈念するものでもある。両端が同じ形なのは、一方は神様(年神)が使うためで、新年の膳を年神と共に頂く神人共食の意味合いがあるという。 掲句はそんな「太箸」の在りようを余すところなく表現している。「その選びたるもの」は太箸、つまり食事を共にしている年神が選んだということだろう。自分であれこれ選ぶのではなく、箸を構えたまま神様に任せているゆったりした作者の様子が覗える。節料理も品数多く、色とりどりに詰められていて、どれから食べようか迷うようなものなのだろう。それぞれの品に込められた願いにも思いが至る。その中に太箸の白さが浮立ち、大らかでめでたい新年の

歌澄
1月28日読了時間: 3分
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