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俳句グループ三日月
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「さがみね」3月号
春を待つ一句のこころ箸休め のびらかに注ぐや立春朝搾り 流鶯や見上げて鎌倉五山結ふ 鈴木 康久 人とことばを大切にしているのが感じられる俳誌。 「何と読む」というコーナーは《俳句の中の漢字の読み》を採り上げ、 「漢語林」を引いて解字や字義、人名、難読語、それにその字が用いられている句を挙げて、さまざまな角度から一文字を眺める。 たとえば「白」ひとつでもこんなに世界が広がるのかと興味深い。 難読「白水郎・白湯・白粉・白老」などなど(比較的解り易いものを抜粋)。 濃密な24頁。作り手のエネルギーが伝わる。 毎月「三日月」の句もご紹介くださるのだが、先月ぎりぎりに送ったメールが間に合わなかったと見えて掲載は無かった。申し訳ありません。

歌澄
3月4日読了時間: 1分
おひさま句会2/25
久しぶりのまとまった雨。 日本橋のカフェにて句会。 出席三名、出句一名。 お題「余寒」「蜆汁」「猫の恋」+自由詠 足裏に軋む廊下の余寒かな 裕美 菜の花を茹でてあおあお鮮やかに 千恵 蜆汁母のよそへる椀重し 千幸 さつきまで灯下にをりし恋の猫 歌澄 なかなか日常では見かけないことばを使って、あれこれ考えること自体が目標。 「猫の恋」という語からは夜の鳴き声や喧嘩、更には傷ついた猫と、いろいろな情景が連想される。作句に際しては季語にどこまで託すか、読む方としては季語はじめひとつの語からどれくらいの景を読み取れるか、そこが苦労するところでもあり、面白味でもある。 午後五時過ぎに着いた錦糸町はまだ明るく、日が永くなってきたのが実感できた。

歌澄
2月25日読了時間: 1分


ハモる
両国国技館で行われる墨田区の“5000人の第九コンサート”に昨年から参加している。 コンサートの最後に墨田区民の歌「花」をうたう。 滝廉太郎作曲の「春の うら~ら~の」というやつ。 本番前日になって、夫(一緒に参加、バス担当)が「ハモってるらしい」と気付く。 で、私に低音部をうたわせて覚えようとしたのだが、 彼は楽譜を読めないしコードも理解していない。 そうすると「こういう和音になるはず」という理解の仕方をせずに、私の音程が少しあやふやになった部分は、そのままの音程でマネする。音感は良いということだ。 びっくりしたが、新たな発見だった。 それで、ちゃんと音程を取った方が良いと思ってピアノを使おうとしたら、もういいと。 覚えられそうにないからと主旋律をうたうことにしたらしい。 最初からちゃんとピアノで音を取ればよかった。 そもそもの前提が一致していないことって、俳句でもあるなと思った。 ま、無事に本番も終了。打ち上げも楽しかったし良しとする。

歌澄
2月22日読了時間: 1分
太箸のその選びたるものを食ふ
『真紅の椅子』より 平成八年。 太箸は新年の膳に用いられる白木の太い箸。角川文庫の『俳句歳時記・新年の部』(昭和六十二年)によると、「なぜ太いかといえば、足利七代将軍義勝が、元朝に用いた箸が折れ、その年の秋に落馬してわずか十歳で死んだので、新年の箸は折れないように太くしたのがはじまりだという」とのこと。素材は折れにくい柳や檜などを用いる。両端は細く、中心部に膨らみがあるのは「孕み箸」にも通じ、子孫繁栄を祈念するものでもある。両端が同じ形なのは、一方は神様(年神)が使うためで、新年の膳を年神と共に頂く神人共食の意味合いがあるという。 掲句はそんな「太箸」の在りようを余すところなく表現している。「その選びたるもの」は太箸、つまり食事を共にしている年神が選んだということだろう。自分であれこれ選ぶのではなく、箸を構えたまま神様に任せているゆったりした作者の様子が覗える。節料理も品数多く、色とりどりに詰められていて、どれから食べようか迷うようなものなのだろう。それぞれの品に込められた願いにも思いが至る。その中に太箸の白さが浮立ち、大らかでめでたい新年の

歌澄
1月28日読了時間: 3分


進藤一考
大沼吟行にて 昭和4年 8月1日神奈川県横須賀市に生れる。本名一孝。 昭和19年 名古屋の旧制中学校時代校長であった自由律派の池原魚眠洞の講話で俳句に近づく。 昭和33年 「河」参加同人。 昭和50年 「河」主宰を継承。 昭和54年 「人」創刊。俳人協会理事。 平成10年 「人」創刊二十周年記念号刊行。 平成11年 3月17日膵頭部癌のため永眠。享年69。 (『俳壇』1999年6月号「追悼 進藤一考」及び『自註自解俳句シリーズⅡ期 20 進藤一考集』より抜粋) 〈句集〉 『斧のごとく』(昭和57) 大寒といふ一徹さ旅仕度 松の芯日本武尊の匂ひせり 郭公の千年ほどの遠さかな 茸食べ露が仏を見せはじむ 短日や斧のごとくに噴煙は 『黄檗山』(昭和59) 龍とゐて栄螺の肝の苦さなど 六月やくらげの旅と駱駝の旅 赤とんぼ舟屋に馴れて海の上 山系を出て水系の秋の風 我儘に句は作るべし牡丹雪 『櫂歌』(平成4) 白梅や睡魔が神の姿して さくら来て死は旧暦のおもひかな 油虫飛んで見せたり高野山 捨て水をこほろぎの嗅ぐ山の暮 なにをしてさみしくなりし氷点下 『太陽

歌澄
1月26日読了時間: 2分
自己紹介
川越歌澄 1971年 東京都葛飾区亀有に生れ、生後10か月から高校卒業まで北海道函館市で育つ。 1988年 進藤一考の句に出会い「人」入会。句作を開始。 1990年 大学入学。「俳句に通じる」という安直な発想で仏教哲学を専攻。 2001年 「人」新人賞受賞。 2011年 第一回北斗賞受賞・人賞受賞。 2020年 「人」解散に伴い「三日月句会」を始める。 句集『雲の峰』『キリンは森へ』 〈自選句〉 葉鶏頭絶句を絶句たらしめむ この道でいいと云はれて雲の峰 髪洗ふミケランジェロも左利き 雨だれに大河の記憶樟若葉 蛇苺地球は回る日は昇る 『雲の峰』より 立春やキリンのこぼす草光る 武器祭器もとをひとつにかげろへる 亀前進たんぽぽを食ひまた前進 ゐどころを探してきのこ日和かな 手を振らず行く短日の八重洲口 『キリンは森へ』より

歌澄
1月17日読了時間: 1分
三日月句会発足にあたって
二年ほど前、「居酒屋句会」が始まりました。 純粋に俳句の話ができる場が欲しいという思いからでした。 進藤一考の目指した俳句を考えていきたいという思いもありますが、それよりもメンバーそれぞれの持ち味を生かして、自分の世界を詠み、認めあう場になればいいなと思っております。...

歌澄
2025年5月19日読了時間: 1分
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