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俳句グループ三日月
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王者への道
NHKの番組「ダーウィンが来た!」でシリーズで放映されていた「ライオン王者への道」が完結した。 タンザニアのセレンゲティ国立公園で三頭のオスのライオン(スージャ、ブサーラ、マヒリ)に発信機を付け、4年に渡って追跡したシリーズ。 ・仲間を得て王者を目指すスージャ ・兄と共に挑むブサーラ ・尊大な性格が災いして仲間を作れず、メスのきょうだいと行動するマヒリ マヒリは結局群を作ることができずに一頭で放浪する「はぐれライオン」になったのだが、 最後まで生き残ったのはマヒリだった。 他の二頭は他のオスとの闘いで命を落したとみられる。 こんなことってあるんだな。 でも以前の五頭のチーターを追跡した時も、一番弱いオルニョクが最終的に生き残ったし。 マヒリのような「はぐれライオン」も一定数いるようで、これは種の保存の可能性を高めるための仕組みではないかということ。 どんな生き方を選ぶかとういうのも性格によって違うけれど、それも必然なのかも。 で、 今朝歯磨きをしながら、 私はマヒリに近いのかもと思い至る。 いやもう種の保存はどうでもいいけど。...

歌澄
5月26日読了時間: 1分


点滴夢菫の匂ひかとおもふ 一考
句集『貌鳥』より。平成元年。 この年の「人」5月号によれば、 二月一日急性虫垂炎で入院手術。腸閉塞に移行しその後高血圧症。三月二十一日退院。 とのこと。主宰作品の後半は病院での句が並んでいる。 執刀の寒月光を隔てけり アネモネや溲瓶にぎにぎしく鳴りぬ バレンタインデー食(は)み合ひ縺る車椅子 春曙いのちのいろに適ふべし 初蛙浣腸哄ふこと勿れ 入院中でも観察眼を光らせて句を詠んでいるが、掲句はその中で幻想的というか、まどろみの中、感覚的に把えられた感があった。 うつらうつらしていたら菫の匂いがした。目を開けると点滴の最中で、雫が規則正しく時を刻んでいる。病院という清潔で特殊な環境が、春の明るさと相俟って作者にそんな錯覚を起こさせたのだと思った。「点滴夢」は作者の造語かもしれないが、そんな空気をとてもよく描き出している。 本日のこと。 父が体調を崩して点滴を受けることとなり、私が付き添った。 3時間もかかった。その間父はまどろんでいた。 輸液は500ml。うっすら紫がかった液体だった。 それを見た瞬間に掲句を思い出した。 「菫の匂ひかとおもふ」には、

歌澄
4月25日読了時間: 2分


新橋句会
新橋の生涯学習センター「ばるーん」にて。 隔月の句会。それでもあっという間。 出席者四名。投句一名。 おひさま句会同様明るく柔らかな句が揃った。 落書きに小さく署名卒業子 十八番 春光や転けては童子また駆くる 友水 解き櫛の黄楊のつやめき小町の忌 影法師 鳥雲に講堂に椅子並べられ きよみ 囀の梢明るくなりにけり 歌澄 今回の兼題は「解」。 投句五句のうち、一句は兼題で作りましょうというルール(というほどでもないけど)。 続いて席題…私の句が散々な出来だったので割愛。 桜も咲き始めた金曜日。 句会を終えて出たら明るい空に上弦の翌日の月。 日もだいぶ永くなった。 句会後のピッツァがぴりりと辛かった。

歌澄
3月28日読了時間: 1分


花の雨 ~おひさま句会~
日本橋にて。 出席三名、出句一名。 お題「水ぬるむ」「蛇穴を出づ」「木瓜の花」+自由詠 早めに集合して以前から気になっていたうどん店へ。 上州のひもかわうどんののど越しも良く。 句会は隣のカフェで。 楽しいランチの風情ながら、句会になるとすっと集中する。 春分の光こぼれる花手水 裕美 春らしい明るい句が揃った♪ ところで拙句、 水ぬるむ甘納豆が痩せている 歌澄 一名採ってくれたのは、説明を聞きたかったからという😅 まあ…とっておきの甘納豆だったとだけ言っておきましょう。 あいにくの雨だったが、濡れた桜もまた良し。 春の気分を満喫できた一日だった。 次回はリモートでの開催を検討中。 お題「行く春」「復活祭」「蕨餅」 +自由詠 今月もありがとうございました! またよろしくお願いします♪

歌澄
3月26日読了時間: 1分


南陽俳句会 令和七年度自選三十句集
「三日月」メンバーの佐藤かほりさんが代表を務める句会。山形県南陽市。 それぞれの暮しや思いがしっかり表現されていて、きっと大らかで和やかな句座なのだろうと想像する。かほりさんの人柄によるものだろう。 一句ずつ拝読しながら、ダメ出しめいた感想が浮かぶ自分を貧しいと感じてしまった。 街灯はスポットライト雪踊る 加藤けい子 思ふこと思つていたこと冬のバラ 小林武夫 芹香る根も長々と夕餉かな 佐藤和子 背泳の一かき毎に水深く 佐藤正代 伝へ聞く鶴の織屋の星月夜 渋谷敬子 里山を大きく包む秋の虹 高橋多美子 赤とんぼ水の戸叩き子を託す 前沢みのり 着ぶくれに着ぶくれて尚足りず一人 松田洋子 紅葉月髪を切らんとまた思う 舞田美江子 古新聞買ふ人がゐる虎落笛 船山詞月 着ぶくれてエビ天のごと新生児 平山万貴子 空蟬の背中に深く午後の鐘 佐藤かほり 地図になき道へ誘ふ曼珠沙華 鍵穴のかたちの古墳冬に入る 「句は人なり」ということばを思

歌澄
3月26日読了時間: 1分
月刊「俳句界」4月号
「北斗賞受賞作家競詠」に参加しております。 最新の受賞者を含めて16名(!) 歴史になってきましたね〜 私は第一回の受賞者で、応募した時すでに年齢制限ギリギリだったので、 文句なしの最年長。 若者の集うコーナーなので、 ミニエッセイの題材も、酒に弱くなったとか記憶力が落ちたとかいう話題は極力避け😅 前向きないい感じで続いていけばと思っております。 ぜひご高覧のほどを!

歌澄
3月20日読了時間: 1分
龍とゐて栄螺の肝の苦さなど 一考
第二句集『黄檗山』より。昭和57年。 当時の「人」誌に「堺市内吟行」とあり、この句のひとつ前には 龍天に昇るときかな坐禅堂 という句がある。 堺市の南宗寺は臨済宗の寺院で、境内には禅堂があり、仏殿の天井には八方睨みの龍が描かれている。 私は訪れたことはないが、徳川家康の墓があると伝えられていたり、古田織部作といわれる枯山水が名勝に指定されていたりと、堂々たる威容と緊張感を具えた佇まいが彷彿とする。 掲句の「龍」は、その八方睨みの龍だろう。狩野信政による江戸初期のもの。 その龍が睨みをきかせた空間に身を置いたのち、栄螺を味わう機会があった。 肝の苦みがことさら味覚に訴えたのは、龍の所為に違いない。 天井画の龍の迫力のほどが思いやられる。 この句、作者本人も気に入っていて、代表句のひとつに数えられるのだが、 説明するとなるとなかなか難しい。 というか、「龍の眼力がすごくて栄螺の肝が苦く感じられたのね」くらいの感想しか持てなかった。 私事になるが、最近漢方や薬膳に興味があってちょっと本など読んだ。 生薬のひとつにリンドウがある。 消化機能の改善や食欲増

歌澄
3月17日読了時間: 2分
「さがみね」3月号
春を待つ一句のこころ箸休め のびらかに注ぐや立春朝搾り 流鶯や見上げて鎌倉五山結ふ 鈴木 康久 人とことばを大切にしているのが感じられる俳誌。 「何と読む」というコーナーは《俳句の中の漢字の読み》を採り上げ、 「漢語林」を引いて解字や字義、人名、難読語、それにその字が用いられている句を挙げて、さまざまな角度から一文字を眺める。 たとえば「白」ひとつでもこんなに世界が広がるのかと興味深い。 難読「白水郎・白湯・白粉・白老」などなど(比較的解り易いものを抜粋)。 濃密な24頁。作り手のエネルギーが伝わる。 毎月「三日月」の句もご紹介くださるのだが、先月ぎりぎりに送ったメールが間に合わなかったと見えて掲載は無かった。申し訳ありません。

歌澄
3月4日読了時間: 1分
おひさま句会2/25
久しぶりのまとまった雨。 日本橋のカフェにて句会。 出席三名、出句一名。 お題「余寒」「蜆汁」「猫の恋」+自由詠 足裏に軋む廊下の余寒かな 裕美 菜の花を茹でてあおあお鮮やかに 千恵 蜆汁母のよそへる椀重し 千幸 さつきまで灯下にをりし恋の猫 歌澄 なかなか日常では見かけないことばを使って、あれこれ考えること自体が目標。 「猫の恋」という語からは夜の鳴き声や喧嘩、更には傷ついた猫と、いろいろな情景が連想される。作句に際しては季語にどこまで託すか、読む方としては季語はじめひとつの語からどれくらいの景を読み取れるか、そこが苦労するところでもあり、面白味でもある。 午後五時過ぎに着いた錦糸町はまだ明るく、日が永くなってきたのが実感できた。

歌澄
2月25日読了時間: 1分


ハモる
両国国技館で行われる墨田区の“5000人の第九コンサート”に昨年から参加している。 コンサートの最後に墨田区民の歌「花」をうたう。 滝廉太郎作曲の「春の うら~ら~の」というやつ。 本番前日になって、夫(一緒に参加、バス担当)が「ハモってるらしい」と気付く。 で、私に低音部をうたわせて覚えようとしたのだが、 彼は楽譜を読めないしコードも理解していない。 そうすると「こういう和音になるはず」という理解の仕方をせずに、私の音程が少しあやふやになった部分は、そのままの音程でマネする。音感は良いということだ。 びっくりしたが、新たな発見だった。 それで、ちゃんと音程を取った方が良いと思ってピアノを使おうとしたら、もういいと。 覚えられそうにないからと主旋律をうたうことにしたらしい。 最初からちゃんとピアノで音を取ればよかった。 そもそもの前提が一致していないことって、俳句でもあるなと思った。 ま、無事に本番も終了。打ち上げも楽しかったし良しとする。

歌澄
2月22日読了時間: 1分
太箸のその選びたるものを食ふ
『真紅の椅子』より 平成八年。 太箸は新年の膳に用いられる白木の太い箸。角川文庫の『俳句歳時記・新年の部』(昭和六十二年)によると、「なぜ太いかといえば、足利七代将軍義勝が、元朝に用いた箸が折れ、その年の秋に落馬してわずか十歳で死んだので、新年の箸は折れないように太くしたのがはじまりだという」とのこと。素材は折れにくい柳や檜などを用いる。両端は細く、中心部に膨らみがあるのは「孕み箸」にも通じ、子孫繁栄を祈念するものでもある。両端が同じ形なのは、一方は神様(年神)が使うためで、新年の膳を年神と共に頂く神人共食の意味合いがあるという。 掲句はそんな「太箸」の在りようを余すところなく表現している。「その選びたるもの」は太箸、つまり食事を共にしている年神が選んだということだろう。自分であれこれ選ぶのではなく、箸を構えたまま神様に任せているゆったりした作者の様子が覗える。節料理も品数多く、色とりどりに詰められていて、どれから食べようか迷うようなものなのだろう。それぞれの品に込められた願いにも思いが至る。その中に太箸の白さが浮立ち、大らかでめでたい新年の

歌澄
1月28日読了時間: 3分
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